対立ではなく調和
- 林好子
- 7月6日
- 読了時間: 3分
今日のテーマは、人間関係や自分自身(身体を含む)の中に「調和」を生み出すための一つの考え方を共有したいと思います。
皆さんなりに考えてみてください。
私が好きな言葉の一つが「バランス」です。
なぜか。
それはおそらく、自分の中に偏り(バランスの欠如)を感じているからだと思います。そして、偏りのある自分や世界への反発、バランスへの憧れがあるからだと思います。
ちなみに、ここでいうバランスというのは重心が釣り合うといった物理的・身体的な話に限りません。
私たちの世界には常に相対的世界が存在します。
前に対して後、表に対して裏、夜に対し昼、活動に対し休息。挙げだしたらきりがありません。
そして、私たちはしばしば相対的なもの(対極にあるもの)に対して、良し悪しの判断を下しがちです。どちらかが正しくどちらかが間違いとし、時に争いが生まれます。
でもですね、ちょっと視点を変えるとどうでしょう。
対極にあるものは、お互いの偏りを補い合い、バランス(調和)をもたらしてくれるものと言えるのではないでしょうか。
事実、自然界にある相対的なものは、どちらかが悪く、どちらかが良いわけではありません。
例えば、夜と昼。
どちらも必要です。夜が来なければ、おそらく気温上昇で地球の調和は失われますし、実際、白夜のある地域では、不眠などの健康被害があると言われています。一方、日照が短い国では、鬱傾向になりやすいと言われます。つまり、昼と夜、どちらも必要ということです。
生と死もそうです。
多くの人は生にプラス、死にマイナスの印象を持ちます。もちろん私自身もです。
でも自然の摂理から見ると死は必要です。死がなければ、人口過多で簡単に地球も人類も滅びます。
また、生が足りなくても人口減少で滅びます。どちらもがバランスを取り合うことで調和がなされます。
身体で言えば、交感神経と副交感神経も然り。
現代人はストレス過多が故に副交感神経の大切さをよく耳にしますが、私たち人間や動物がサバイバルする上で交感神経の活動は必要です。
そんな風に考えて見ると、対極にあるものは、対立ではなく人や世界に調和をもたらしてくれる可能性があるということです。
したがって、身体(動き)においても矛盾を是正するのではなく、矛盾の成立を目指すことで自然体・調和に近づける可能性があるかもしれないと個人的には考えています。
例えば、
・力を使いながら力まない
・中心を保ちながら変化し続ける
・支えながら委ねる
・安定しながら動ける(安定と可動性)
こうした一見相反する要素が統合された時、動きの可能性は大きく広がるように思います。
身体を学ぶプロセスにおいても同じです。
・知識と経験
・部分と全体性
・感覚的経験とエビデンス
・質的練習と量的練習
どちらかだけだと偏りになってしまうのではないでしょうか。
そして何より、矛盾は必ずしも誤りではなく、調和を生み出す可能性を秘めている、という発想を持ち、矛盾の成立を目指す姿勢そのものが、自分や周囲に平穏をもたらすのではないかと考えています。皆さんはどう思いますか?
・・・・・・・・・・・・
<余談>
今日のような発想から、私が行う講座には、矛盾するような内容が混在しています。にもかかわらず、私のコースで学んでくださっている方々は、そこに抵抗を示さず、自分なりに受け取ろうとしてくださっていることが本当にありがたいです。感謝!
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